
税理士 大河原真吾
東京税理士会麴町支部 登録番号:153981
この記事の執筆者:税理士 大河原真吾
一般家庭の相続税申告とオーナー経営者の事業承継・相続税申告に豊富な経験を持つ。特に土地の相続税評価額の減少と事業承継のスキーム構築を強みとする。出来ることは出来る、出来ない事は出来ないと率直に真摯に、そして適正な料金でお客様に寄り添うことをモットーとする。
経営に関与しない親族や第三者に株式が分散していることを解決する有効な手段の一つとして「自己株式(金庫株)」の活用が注目されています。また、後継者に自社株が集中する事による相続人間の不公平感を、払拭する手段としても注目されています。
本コラムでは、これらの問題において自己株式をいかに活用できるのか、そのメリットから税務・法務上の注意点までを分かりやすく解説します。
目次
(1)自己株式活用のメリット
会社が自社の株式を取得・保有することを「自己株式の取得」と言います。効果的な活用方法は以下の通りです。
①分散した株式を少数株主から買い取り、後継者の議決権比率を高める
創業から年数が経つと、相続などを通じて経営に関与しない親族や第三者に株式が分散してしまうことがあります。意思決定の際に意見がまとまらなかったり、将来的な経営の不安定要因になったりするリスクを抱えることになります。
後継者が、第三者等から株式を買い取る場合、通常多額の買取り資金が必要になります。しかし会社が少数株主から自己株式として株式を買い集めれば、会社の資金は流出しますが、後継者は資金を負担することなく、議決権比率は高まり安定した経営基盤を築くことができます。
1,後継者単独の保有割合を30%と仮定した場合の自己株式取得前の後継者の議決権比率
2,後継者の保有割合を30%とし自己株式を55%取得した場合の後継者の議決権比率
②後継者以外の相続人に自社株式を取得してもらい、相続後に会社に売却する
先代経営者が亡くなった場合、自社株式の全てを後継者に相続してもらう事が望ましいです。しかし、実際の相続の現場では、自社株式の価額は、相続財産の大半を占めますので、自社株式の全てを後継者が相続すると、他の相続人の遺留分を侵害し相続人間の不公平感が生じます。
このとき、相続人が相続した株式を会社に売却(自己株式として買い取ってもらう)することで、相続人は現金を得ることができ、また、後継者の議決権比率は高まり、株式が分散するリスクを排除できます。
(2)必ず押さえるべき注意点とリスク
自己株式の活用は非常に有効ですが、無計画に進めると大きな落とし穴にはまる危険性があります。特に以下の点は必ず理解しておく必要があります。
①最大のリスク「みなし配当課税」
個人株主が会社に自己株式を売却した場合、税務上、その対価は「資本の払い戻し部分」と「利益の分配部分」に分けられます。そして、後者の「利益の分配部分」は配当所得とみなされ(みなし配当)、総合課税の対象となります。
配当所得は所得税・住民税を合わせて最高税率が約55%にもなり、譲渡所得(税率約20%)に比べて極めて重い税負担となる可能性があります。これが「みなし配当課税」のリスクです。
1,少数株主から株式を買取る場合の留意点
後々のトラブルを避けるために買取りの際にみなし配当課税について伝えるのが好ましいです。あくまでも最高税率なので少数株主によっては、最低の約15%になる可能性や課税されない可能性もあります。また、売却の決断は、税金で決まるのものではないのも重要なポイントです。
2,相続により株式を取得した相続人の場合の留意点
相続人が相続した株式を相続が発生してから3年10ヶ月以内に会社に売却した場合、「みなし配当課税」が適用されず、全額が譲渡所得として扱われます。その場合の税率は約20%となります。以下の事例によりそのインパクトをご確認ください。
※みなし配当に係る配当控除は割愛します。
配当控除とは、みなし配当などの配当所得があるときには、一定の方法で計算した金額の税額控除を受けることができるものです。
(イ)代表者が生前に自社株式3億円の内1億円を会社に売却した場合(資本金等の金額は1,000万円と税率は最高税率と過程)
(ロ)相続により自社株式3億円の内1億円を後継者以外の相続人が取得し、相続が発生してから3年10ヶ月以内会社に売却した場合(資本金等の金額は1,000万円と過程)
差額は約2,727万円のため、相当なインパクトがあります。
②会社の財源規制(分配可能額)
会社はいくらでも自己株式を買い取れるわけではありません。会社法上、自己株式の取得は株主への配当と同じと見なされるため、会社の「分配可能額」(大まかには利益剰余金など)の範囲内でしか実行できません。
事前に自社の財政状態を確認し、買い取りに必要な資金と分配可能額を把握しておく必要があります。
③会社法上の手続き
自己株式の取得は、原則として株主総会の特別決議(議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成)が必要です。
また、特定の株主からのみ買い取る場合は、他の株主から「自分も売主に追加してほしい」と請求される権利(売主追加請求権)への対応も検討し、定款の整備や株主全員の同意などの手続きが必要になる場合があります。
まとめ:計画的な準備と専門家への相談が成功の鍵
自己株式の活用は、後継者の負担軽減や相続人間の不公平の払拭など、事業承継における多くの課題を解決する強力なツールです。しかしその一方で、「みなし配当課税」や「財源規制」といった複雑な税務・法務上のルールが存在します。
これらのメリットを最大限に活かし、リスクを回避するためには、以下の点が不可欠です。
- 長期的な視点での計画立案
- 自社の株価評価と財政状況の正確な把握
- 税理士等、事業承継に精通した専門家への早期の相談
事業承継は一朝一夕にはいきません。会社の未来を見据え、ぜひお早めに専門家とともに計画的な準備を始められることをお勧めします。