
税理士 大河原真吾
東京税理士会麴町支部 登録番号:153981
この記事の執筆者:税理士 大河原真吾
一般家庭の相続税申告とオーナー経営者の事業承継・相続税申告に豊富な経験を持つ。特に土地の相続税評価額の減少と事業承継のスキーム構築を強みとする。お客様の意向を最大限に尊重したオーダーメイドなサービスを提供し、適正な料金でお客様に寄り添うことをモットーとする。
相続税の基礎控除は、相続税が課税されるかどうかのボーダーラインとなる非課税枠です。被相続人の遺産総額がこの基礎控除額以下であれば、相続税の申告や納税は不要となります。かつては一部の富裕層にのみ関係すると考えられていた相続税ですが、税制改正による基礎控除の大幅な引き下げにより、多くの人にとって身近な問題となりました。
(1)相続税の基礎控除とは?
相続税は、被相続人の財産を相続した人が支払う税金です。しかし、全ての遺産に対して課税されるわけではありません。遺産総額(下記(4)参照)から基礎控除を差し引いた金額(課税遺産総額)に対して相続税が計算されます。この基礎控除は、相続人の生活基盤を維持するために最低限必要な財産には税金をかけない、という考えに基づいています。
基礎控除額は、以下の計算式で算出されます。
この計算式で最も重要なのは、「法定相続人の数」を正確に把握することです。
(2)法定相続人の定義と注意点
基礎控除額を計算する上で鍵となる「法定相続人」は、相続税法上の特別な概念であり、民法上の相続人とは必ずしも一致しません。
民法の相続人と「法定相続人」の一致点は、配偶者は常に相続人となり、それ以外の相続人には順位が定められています。
- 第一順位: 子
- 第二順位: 直系尊属(親、祖父母など)
- 第三順位: 兄弟姉妹
一方、民法の相続人と「法定相続人」の相違点は、以下の通りです。
- 相続放棄をした人: たとえ相続放棄をした人がいたとしても、基礎控除額を計算する際には、その人も法定相続人の数に含めて計算します。
- 養子の数: 養子の数には制限があります。被相続人に実の子がいる場合は養子1人まで、実の子がいない場合は養子2人までが法定相続人の数に算入されます。これは、基礎控除額を意図的に増やそうとする税金対策を防ぐための措置です。
- 胎児: 胎児は、相続税の計算上、相続税の申告書を提出するときにその胎児が出生していない場合には、法定相続人に含めません。尚、胎児は、民法の規定により「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。」とされています。申告期限後に出生する場合は、相続人に異動が生じる為、手続等により相続税が還付される可能性があります。
(3)相続税の「大改正」と基礎控除の引き下げ
相続税の歴史を語る上で、2015年から適用された税制改正は欠かせません。この改正により、相続税の基礎控除額は大きく引き下げられました。
- 改正前(2014年12月31日以前):
- 改正後(2015年1月1日以降):
この大幅な引き下げは、相続税の課税対象者を大きく拡大させました。特に、土地などの不動産価格が高い都心部では、預貯金が少なくても遺産総額が基礎控除を超えるケースが増加し、「相続税は他人事」だった一般家庭も、申告義務が発生する可能性が高まりました。
例えば、法定相続人が配偶者と子2人の合計3人の場合、改正前の基礎控除額は8,000万円(5,000万円+1,000万円×3人)でしたが、改正後は4,800万円(3,000万円+600万円×3人)となり、その差額は3,200万円にもなります。この変化は、相続税対策の必要性を多くの人に認識させるきっかけとなりました。
(4)遺産総額とは
現金や預金、不動産、株式などの一般的な財産のほか、みなし相続財産の合計額から被相続人の借金や未払金などの債務、および葬儀にかかった費用である葬式費用を差し引くことで計算できます。
- みなし相続財産: 被相続人の死亡によって取得する生命保険金や死亡退職金などがこれにあたります。これらは民法上の相続財産ではありませんが、税務上は相続財産とみなして課税されます(※一定の非課税枠があります。)。
- 生前贈与: 相続開始前一定期間以内に行われた贈与は、相続財産に加算されます(※贈与税を支払っている場合はその分が控除されます)。
- 名義預金: 他人名義の口座であっても、実質的に被相続人の財産と認められる場合は、相続財産として申告する必要があります。
まとめ
2015年から適用された税制改正による基礎控除の引き下げは、相続税を「身近な税金」へと変えました。これにより、これまで相続税とは無縁だったご家庭でも、申告義務が発生する可能性が十分にあります。相続税の申告には、遺産の正確な評価や複雑な手続きが必要となり、専門知識がないと難しいのが実情です。
相続が発生する前であっても、ご自身の財産を把握し、基礎控除額との比較をシミュレーションしておくことは、相続税対策の第一歩となります。相続税の申告義務があるかどうかの判断に迷った場合や、円滑な相続手続きを進めるためには、早めに税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。相続に関する事前の知識と準備が、いざという時の安心につながります。